理彩子は、出会ったときから、そんなヤツだった。
顔を合わせるときには、大抵、孝元がいて、それから悪意に充ち満ちた怪異がいた。
あの頃の理彩子は、怪異と向かい合うとき、細く長い刀を使っていた。
理彩子の細い身体には長すぎる刀を両手で持って、まっすぐ怪異に向かっていった。
その小さな背中で、仲間を庇うようにして、怪異の真正面で刀を振るう。
巫女装束に刀。
黒い髪が踊る。
その所作は、まるで舞を見ているように美しかったけれど。
必死に歯を食いしばって、腕を振り上げていたのを知っている。
理彩子は、笑うのも、怒るのも、戦うのも、いつも全力だった。
けれど、泣くときだけは、違っていた。
怪異に傷付けられ、すでに冷たくなった仲間の身体のそばに、装束が血に汚れるのも構わずぺたりと座りこみ、俯く。
それから、ぎゅっと瞼を閉じるのだ。
涙は零れるのに、嗚咽一つ、漏らさない。
唇を噛みしめる。
理彩子は、自分の力の無さを恥じていた。泣くことは弱いことだと、自分を戒めているようでもあった。
そんな自分を隠そうと、理彩子は両腕で自分を掻き抱く。
誰も、そんな理彩子に近づくことはできない。近づくなと、オーラが出ている。
泣いている理彩子を見るたびに、あの頃の俺は、少しだけ辛かった。
周囲を拒否する理彩子の身体が、俺など必要ないと言っているように思えたからだ。
異能者の力がないことは、どうにもならない。けれど、仲間が一人で泣いているのに、何もできない。腕を貸して、素直に泣かせてやることもできない自身を、俺は恥じた。
せめて、理彩子一人の涙くらい、受け止められるような人間になりたい。
理彩子の小さな背中を見ながら、そう願わずにいられなかった。
あれから約十年が経った。
いつからか、理彩子は泣かなくなった。
そして、強くなっていた。
必死に修業したのだろう。
誰も失わないように、泣かなくてすむように。
理彩子らしいと思った。
俺はといえば、誰かの涙を受け止められるほどの人間になれたかどうかは、わからない。
「おっせーぞ! おっさん」
野球帽を被ったユウキが腕を組み、とふんぞり返っている。
「先生! こっちです〜!」
巫女装束の沙耶が右手に梓弓を持って、大きく振っている。
その隣には、何故か、理彩子がいた。
彼らの頭上では、新緑の芽を息吹かせた大木が、春風を受けてさわさわと枝を揺らしている。
今日の依頼は、古い団地を建て替えるために建物を壊し土を掘り返したら、うっかり何かの封印を解いてしまい、原因不明の事故が多発しているという建設現場だ。
この手の怪異はよくあるものだから、あいつらの修業にはちょうどいいだろうと思って引き受けた。
優秀な弟子二名を抱えて、仕事を任せられるくらいには、俺も成長したってことだ。
「なんで、オマエがいるんだよ」
いつもの巫女装束とは違う、ジーンズにシャツという普段着の理彩子を前に、眉根に皺をよせてみる。
「沙耶を送ってきたのよ。ちょうどわたしもこの辺りに用があったから」
「じゃあ、さっさと行けよ。仕事の邪魔だ」
「あら、いつもは面倒くさいとか言うくせに、はりきってるのね」
「はりきってるのは、こいつらでしょうよ。というわけで、今日は任せたからな」
二人に向けて、にやりと笑ってみせる。
「何いってるんですか。先生がちゃんと指示してくれないと困ります!」
沙耶がきっと眉をあげる。
「おっさんが、さぼりたいだけじゃないの?」
「おまえらのことを信じてるんだよ」
「嘘くさい」
そんなユウキの頭を軽くはたく。
「はいはい、うるさいよ。まあ、とりあえず見てみようか」
将来有望な能力者たちを引き連れて、俺は歩き出した。
「気をつけてね」
「はい。理彩姉さま」
見送る理彩子は、少し心配そうだ。
「大丈夫だよ」
俺が笑うと、「アンタの心配なんてしてないわよ!」と理彩子に怒鳴られた。
沙耶がくすくすと笑っている。
肩越しに、振り返る。
新緑の下で、理彩子が笑っていた。
(了)
このお話のテーマは、「想いをすべてを受け入れられるくらい、強くなりたい。」でした。
若い頃の理彩子さんと湊を描いてみました。今はもう、沙耶とユウキの二人くらいなら、ちゃんと受け止められるくらいの腕を、湊くんは持っていると思います。三人を見送る理彩子さんも、そんな湊くんを成長したなぁって思って見ていたのかも。
若い頃の理彩子さんと湊を描いてみました。今はもう、沙耶とユウキの二人くらいなら、ちゃんと受け止められるくらいの腕を、湊くんは持っていると思います。三人を見送る理彩子さんも、そんな湊くんを成長したなぁって思って見ていたのかも。